12月6日
(「ルカによる福音書」12章35節)
あなたがたは用意を整え、目を覚ましていなさい。手に明かりをもち、それを絶やさないようにしなさい。いつ死ぬことになるかわからないからです。自分が死の時の訪れを待つ身であることを忘れないように!私たちはあたかも永遠に生きるかのように働きましょう。しかし一方では、いつ死んでも大丈夫なように心を整えましょう。そのようにして、私たちは腰に帯を締めた服装で「花婿イエス様」を待つことになるのです。この教えは、私たちを地の塵の中に打ち倒して、悔い改めへと追いやります。
12月7日
あなたがたは、主人が婚礼から帰ってきて戸をたたくとき、すぐに開ける準備ができている人々のように待機していなさい。
(「ルカによる福音書」12章36節)
神様は、私たちが腰に帯を締め、御自分を待っているようにと、お命じになっています。そう神様が言われるのは、私たちの最善を思ってのことです。自分が腰に帯を締めていないことに気づいた人は、そのことを主に打ち明け、助けを求めなさい。そのような人に、神様は憐れみによって罪の赦しの恵みと助けを与えてくださいます。
12月8日
しかし、私たちの国籍は天にあります。そこから(来られる)救い主、主イエス・キリストを私たちは待ち望んでいます。
(「フィリピの信徒への手紙」3章20節)
クリスチャンは自分の所属する家やグループや王国をこの世以外のところにもっています。あなたがたは、クリスチャンとして歩む者として、この世的な不幸がもはやなく永遠の平和の中で生きていくことができる天の御国へ思いを向け、そちらへと歩んでいきなさい!
12月9日
「今のこのときの苦しみは、これから私たちに顕示されようとしている栄光とは比較にならない(ほど小さい)」と私は思います。
(「ローマの信徒への手紙」8章18節)
もしも私たちがこの栄光を見るならば、私たちはさぞ立派に耐え忍ぶ殉教者となれることでしょう!もしも川の向こう岸に金貨のつまった箱をもった男が立っていて、「川を泳ぎ渡る勇気のある者は、この金貨をもらえるぞ!」と叫んだとすれば、すぐにでも真剣な水泳競争が始まることでしょう!
12月10日
それゆえ兄弟たちよ、主が帰って来られる時[3]まで忍耐しなさい。見なさい、農夫は地の尊い実りを春の雨と秋の雨の時節まで忍耐強く待っています。あなたがたも、主の帰って来られる時が近づいた[4]のだから、忍耐し心を強めなさい。
(「ヤコブの手紙」5章7~8節)
神様はすべてのクリスチャンを「忍耐と慰めの学校」にお入れになります。この学校では、私たちはいつも学びの途上にあり、すべてをすっかり学び終えるようなことは決してありません。聖書は悲惨や苦しみや死を消し去ったりはしません。そのため、忍耐が必要になるのです。しかし、聖書は苦しみの只中にある私たちを慰め強め、倦まず弛まず私たちが前進できるように助けてくれます。私たちが勝利を得る時までずっとです。