「御言葉を聴きに行っていますか?」
主よ、私はあなたの住まわれる家と、
あなたの栄光のとどまる所とを愛します。
(「詩篇」26篇8節)
「私は主の住まわれる家を愛している」
と私たちは正直に言うことができるでしょうか。
私たちは神様の御言葉を聴くことを本当に願っているのでしょうか。
キリスト教会の会員のうちどれほど多くの人々が
神様の御言葉の説教を軽んじて、
それとはかけ離れた別の場所にいそいそと出かけていくことでしょうか!
彼らの礼拝に参加できない原因やその理由付けは
とってつけたようなものが大半です。
しかし、神様相手にそのような申し開きが通用するのでしょうか。
御言葉が混じりけなくはっきりと宣べ伝えられるところでは、
神様御自身が私たちに話しかけてくださいます。
イエス様は
「あなたがたに聴き従う者は私に聴き従うのであり、
あなたがたを拒む者は私を拒むのです。
そして私を拒む者は私をお遣わしになった方を拒むのです」
と言っておられます(「ルカによる福音書」10章16節)。
神様の御言葉を自宅で読んだり、
ラジオやテレビやインターネットなどから聴いたりするだけで
満足するべきではありません。
私たちの本来の居場所は、キリスト信仰者たちが一堂に会する場所なのです。
教会(礼拝)はキリスト信仰者の集まりです。
主の栄光は、律法の説教を通して私たちが罪を自覚するところで輝き、
またイエス様のあがないの御業が罪の赦しを用意してくれたことを
福音の説教によって私たちが全き賜物として受け取るところで輝き渡ります。
御言葉のメッセージを私たちは必要としています。
これがなければ、私たちはどうしようもありません。
私たちは御言葉のメッセージの提供する力と教えを必要としています。
律法と福音の御言葉を聴いてそれを心にしっかり刻む者はさいわいです。
(祈り)
主よ、御言葉を忠実に解き明かす説教者をどうか私たちにお与えください。
そして、私たちがあなたの聖なる御言葉を注意深く聴いて、
それを心に保てるようになさってください。アーメン。
(関連聖句)「使徒言行録」2章37〜42節