2019年10月25日金曜日

「力なき者に力を」「マタイによる福音書」6章33節「第一に神様の御国を」

「第一に神様の御国を」
 
第一に神様の御国と神様の義とを求めなさい。
そうすれば、これらもすべて添えてあなたがたに与えられるでしょう。 
(「マタイによる福音書」633節)

神様を拒絶する態度がキリスト教にとって一番危険で手強い敵であることを、
教会は経験してきました。
こうした態度には
物質中心主義的な生活が密接に関係していることがよくあります。
すなわち、
この世的な意味での善いもの、食べ物、金銭、財産、権力などが
あらゆることの中心を占めるようになってしまうのです。

「第一に神様の御国を求めなさい」とイエス様は教えられました。
そうすれば、それに加えて他のすべてのものも私たちに与えられるのです。
イエス様が荒野で5千人に食べ物を与えられたとき、
彼らはイエス様を自分たちの王にしようとしました。
いかに私たちの生活が財産や快適さや快楽などに依存しているか
自覚している人がはたしてどれだけいるでしょうか。
高い生活水準が彼らの「神」となってしまい、
その結果として、真の神様のことが忘れられてしまうのです。
しかし、これは実に愚かしいことです。
たとえたくさんのお金が預金してある銀行口座を持っていたとしても、
またたとえ快適きわまりない生活を送っていたとしても、
たくさんのお金や快適な生活は
人間の飢え乾いている魂に糧を与えることはできません。

神様が私たちの人生にとって一番大切な存在になり、
私たちが神様の御子の十字架のもとにひれ伏す時、
ようやく私たちは本当に豊かな人生を送ることができるようになります。
イエス様への信仰は私たちが持ちうる一番大きな富です。
また私たちは信仰を通して
神様が私たちにくださるこの世における賜物を正しく用いることを学ぶのです。
 
(祈り)
主よ、どうか私たちをマモン(お金や財産)の桎梏から解き放ってください。
そして、私たちが第一にあなたの御国を求めていくように助けてください。
また、そのようにするとき、
天の御国に加えてその他必要なものもすべていただけることを
私たちが実際に経験できるようになさってください。アーメン。
(関連聖句)「ルカによる福音書」121521

2019年10月17日木曜日

「力なき者に力を」「ヨハネの第一の手紙」2章15、17節より「旅人である私たち」

「旅人である私たち」

あなたがたは世と世にあるものとを愛してはいけません。
(中略)世と世の欲とは過ぎ去るものです。
(「ヨハネの第一の手紙」21517節より)

ある家族が車で新しい我が家へと旅をしました。
長旅の間、彼らはあちらこちら興味深い場所に立ち寄りました。
しかし、そのために
「新しい我が家」という本来の目的地のことを決して忘れはしませんでした。

私たちも旅人です。
天の御父様は私たちを聖徒として
天国の栄光において受けることになっている分を
相続するのに適格な者としてくださいました。
まだ今はこの世に私たちも
本来の目的地のことを決して忘れないようにしましょう。
天の御国を忘れてしまうほどにこの世のものを愛し過ぎてはいけないのです。

永遠に所有し続けることができないようなものに執着するのは
たいへん愚かな態度です。
この世にあるものはわずかな間だけの借り物にすぎません。
救い主を知ることの大切さはそれとは比較になりません。
この世のはかないものを愛するあまりに
天の御国を継げなくなるのはあまりにも悲惨です。

イエス様の遺言は、
天の御国で私たちのために確保されている不朽の遺産を
私たち信仰者が相続するように定めています。
ですから、
私たちはこの世にあるものを
あたかもそれを用いていないかのような態度で用いていくことにしましょう。

「私たちの国籍は天の御国にあります。
そこから救い主イエス・キリストが来られるのを私たちは待ち望んでいます」
(「フィリピの信徒への手紙」320節)。

(祈り)天の御国への帰郷の旅の途中で疲れたり堕落したりしないように、
この世にある間にもすでに天の御国の喜びによって
私の心がすっかり満たされるようになさってください。
荒れる嵐も人を堕落させる罪も天の御国にはもはや存在しません。
そこではいつでも全き救いの幸いと平和とに私たちはあずかれるのです。
アーメン。
(関連聖句)「マタイによる福音書」61921

2019年10月10日木曜日

「力なき者に力を」「ヨシュア記」24章15節より「幸せな家庭生活」

「幸せな家庭生活」

しかし、私と私の家族とは主に仕えます。
(「ヨシュア記」2415節より)

このようにヨシュアは宣言しました。
なぜなら、彼の家族は神様への信仰をもち、
互いに愛し合いながら生活していたからです。
こうして彼らは自分たちの幸せをかみしめ、
神様からいただいた様々な祝福を経験することができたのでした。
神様への共通の信仰のおかげで、
彼らの互いの関係もまたそれだけ緊密なものになりました。
この信仰をしっかり守って、
彼らはこれから先も生きて行きたいと思ったのです。

キリスト信仰者はひとりぼっちで天国への道を歩みたいとは思いません。
キリスト信仰者は愛の絆によって、
父や母、兄弟姉妹、妻や夫、自分の子どもたちに結び付けられています。
神様が自分の御父様でありイエス様が自分の救い主であることを知るときに、
キリスト信仰者はこの喜びを自分の愛する人々と共に分かち合い、
共に天国への道を歩みたいと願います。

イエス様への一致した信仰を家族で分かち合えるのは本当に美しいことです。
共に祈り、共に御言葉を学びながら家族皆で仲良く暮らし、
キリストが彼らの罪を赦されたように彼らも互いに赦し合います。
共に喜びと悲しみを分かち合い、共に神様の祝福を経験します。

悪魔はこのような信仰者の家庭生活を憎み、その円満さを壊そうとし、
キリスト信仰者が家庭を築くのを妨げようとします。
自分の家にイエス様が住んでくださっている民や人々は幸せです。
天の御父様の永遠の家に引っ越す時まで、
このような天の御国の家の雛形(すなわちキリスト信仰者の家庭)を
守り抜こうではありませんか。

(祈り)イエス様、どうか私たちの家にお住まいください。
そして、家族全員があなたにお仕えするようになさってください。
アーメン。
(関連聖句)「使徒言行録」162534