2010年12月3日金曜日

「マルティン・ルターの宝石箱」2月26日~28日

226

そこで主はモーセに言われまし「火の蛇を自分に作ってそれをさおの上にかけなさい。そうすれば、かまれた者は各々それを見て活きるでしょう[1]
民数記218節)

良心の戦い死に直面して慰めが必要なとき、私は信仰によってキリストを自分のものとし、こう言わなければなりません、「私は、私のために十字架の死を耐えてくださった神の子イエス・キリストを信じます。キリストの傷や死の中私は自分の罪を見ます。しかし、キリストの復活の中私は自分の義、永遠の、罪や死や悪魔の支配からの解放を見ます



227

こういうわけで、安息日の休みが神の民のためにちゃんと残されているので。なぜなら、神様の安息に入ったものは、神様がみわざをやめて休まれたように、自分もその行いを休んだからで
ヘブライの信徒への手紙4910節)

私たち、神の子の尊い血を通して贖われたクリスチャンは、自分を信仰において鍛錬しなければなりません。それは、私たちが死を軽蔑し、それを心地よい深い夢と見なし、棺を主イエス・キリストの懐すなわち天国と見なし、墓を静かな安息所(神様の目には実際にそうなのです)と見なせるようになるためです。



228

そしてイエスは彼ら[2]に言われまし「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい[3]。信じて洗礼を受ける者[4]は救われるでしょう[5]。しかし信じない者は罪に定められるでしょう
マルコによる福音書161516節)

あなたは、ユダヤ教や全世界の反抗心や傲慢さが裁かれたのを聞きました。キリストは、この御言葉ひとつによって天国を開御自分を信じる者に対しては、地獄を閉ざし、モーセの律法の専横をなくしてくださるからです。そしてまた、信じない者に対して、地獄の淵を開き、死を全能者にし、モーセを耐え難い暴君になさるからです


[1] 「そうすれば」以降はヴァーヴ完了形 (inverted perfect) が続いている。この完了形は命令形など完了形以外のもののあとで用いられることが多い。意味は完了形の前に位置する動詞のモードや文脈によって定まる。この完了形は律法や預言に関する文脈で使用されることが多い。たとえば、先行する動詞の引き起こした動作や状態の未来における継続を表す。
[2] 11人の使徒たち」のことをさす。
[3] 命令法アオリスト。近い未来の一回的な行為をさす。
[4] どちらもアオリスト分詞。主動詞の示す行為より以前になされた一回的な行為をさす。
[5] 受動相第一未来形。