「幼少の頃から」
すでに幼少の頃から、あなたは聖書を知っています。
(「テモテへの第二の手紙」3章15節より)
イエス様は洗礼を受けるために洗礼者ヨハネのところに来られた、
と福音書は語ります。
イエス様が洗礼を受けられた時、天が開きました。
同じように、洗礼を通して私たちにも天が開いたのです。
父なる神様は私たちを御自分の子として承認なさいました。
イエス様は私たちに義の衣を着せてくださいました。
聖霊様は私たちが新たに誕生するようにされました。
洗礼を受けた子どもたちが皆、
幼い頃から神様の御言葉の教えを伝授されることを、
神様は望んでおられます。
パウロの同僚テモテは家族のおかげで幼い頃から聖書を知ることができました。
これは大いなる恵みでした。
これを基礎にして、彼はキリスト信仰者として成長したのです。
さらにパウロの指導の下で彼は優れた宣教師になりました。
「キリスト教信仰のことは子どもが大人になってから教えればよい」
などと考える親をもつ子どもたちは、
そのせいでどれほどひどい損害を被っていることでしょうか!
幼い頃に聖なる洗礼を通して救い主にだっこしていただけた人や、
その血によって全人類を罪の呪いから解放してくださった
「子どもたちの友」なるイエス様と幼少の頃から親しむ機会が与えられた人は、
幸いな者です!
子どもがイエス様と親しむための信仰教育をとても重要視する親は、
幸いな者です!
(祈り)主よ、あなたの御言葉が本当に私たちの心の中に留まるように、
そして、私たちがそれを正確に自分の子どもに教えることができるように、
どうかお助けください!アーメン。
(関連聖句)「申命記」6章3~7節