「揺るがぬ希望」
私たちが抱いている希望は魂を揺るがぬものとする錨のようなものです。
そして、この希望は神様の幕屋の内側にまで広がっているのです。
(「ヘブライの信徒への手紙」6章19節)
希望は魂を揺るがぬものにする錨です。
人生の嵐の中にいる私たちは錨を必要としています。
錨があれば、私たちは風の吹くままに流されることもなく、
数々の危険の最中にあっても平和と安全を保つことができます。
このような希望の錨がキリストの福音にはあります。
福音は私たちに、
イエス様を通して顕現した神様の愛や、
イエス様を通して賦与された命を語り伝えてくれます。
イエス様は私たちのために、生きて死んで復活なさいました。
イエス様は私たちを、罪ののろいから救い出すためにこの世に来られました。
そして、これらのことが本当であることを神様の御言葉は確証しています。
「あの方はもうここにはおられません。
かねて言われていたように、復活されたからです。
こちらに来て、あの方が横たわっておられた場所を見てごらんなさい」
と園にあらわれた天使は告げました(「マタイによる福音書」28章6節)。
イエス様のみが神様の御子です。
イエス様の十字架の死は、
常に変わることなく、
私たちの罪を取り除くために十分な力を持った犠牲の捧げ物です。
私たちもまた、最後の日には死者たちの中から復活することになります。
これらのことを、イエス様の復活は証しているのです。
この私たちの希望は活きた希望です。
この希望は墓の向こう側にある天国の栄光へと延びています。
この希望は私たちの期待を裏切りません。
この希望を抱く私たちが恥をかくようなことにはなりません。
私たちはこの希望をまだ実際に見てはいません。
しかし、神様の備えられた大切な瞬間がついに訪れて、
それまで信じていたことが目に見えるものに変わる時に、
私たちの希望は実現するのです。
(祈り)イエス様の復活を通して、
私たちを活きた希望へと新たに生んでくださった神様が、
どうかほめたたえられますように。アーメン。
(関連聖句)「ペテロの第一の手紙」1章3~9節