2026年4月24日金曜日

「力なき者に力を」「コリントの信徒への第一の手紙」10章13節より「試練の目的」

「試練の目的」

あなたがたの受けた試錬のうちで人間の尺度を超えるようなものはありません。

神様は真実なお方です。

あなたがたが耐えられないような試錬を受けるようにはなさらないばかりか、

試錬と共に、それに耐えられるように脱出の道も備えてくださいます。

(「コリントの信徒への第一の手紙」1013節より)

 

あるスコットランドの作家は小説の登場人物に

「いっそのこと神様が私をお造りにならなければよかったのに」

という言葉を語らせました。

それに対して、その人の親友は

「あなたはまだ造られてはいません。

あなたはこれから造られるのです。

あなたは造り主に反抗しているのですよ」

と答えました。

 

神様は私たちが罪に躓くのを望まれませんが、

試練を受けることは許しておられます。

このようにして神様は私たちを試し、

それを通じて強めようとなさっているのです。

 

もちろん、キリスト信仰者は試練に自ら飛び込むことはしません。

それは私たちが故意に感染して病気になろうとしないのと同じです。

罪の誘惑に自らすすんで身を委ねるのは危険です。

神様に対して疎遠になっているこの世はキリスト信仰を容認しようとはしません。

私たちはこのような世で生きています。

ですから、この世で生きているかぎり

私たちは罪に落ち込む危険の中にいることになります。

そして、キリスト信仰者は罪の誘惑や危険な場所を避けるものです。

 

罪の誘惑が来たときに、主は恵みと力をくださることを約束してくださいました。

私たちは聖霊様と御言葉を通して、罪の誘惑に耐えて勝利する力をいただけます。

こうして神様は罪の誘惑を試練へと変えてくださるのです。

これは主のよき御旨にかなうことです。

私たちは主のよき御心に確信してよいのです。

約束に基づき、

主は私たちが自分のもてる力を超えて試練を受けるようにはなさいません。

主はそこから脱出する道を備えてくださるのです。

 

(祈り)戦いの中で、信仰の創始者なる主を見上げなさい。

試練の苦しみの中で、イエス様は恵みによって立ち上がらせてくださいます。

(関連聖句)「コリントの信徒への第一の手紙」10613

2026年4月10日金曜日

「力なき者に力を」「テモテへの第二の手紙」3章4節「快楽の危険」

「快楽の危険」 

神様を愛する以上に快楽を愛する者。

(「テモテへの第二の手紙」34節)

 

快楽の虜になるのは身を滅ぼしつつある証拠です。

私たちの時代でもこのことを認識する必要があります。

人々は「快楽の女神」を崇拝し、危険な生きかたに迷い込んでいます。

 

自分の好きなことをいつもやろうとする者は、

まもなくそれにも飽きて退屈してしまいます。

人生は内側から空っぽになり、生きる意義が失われます。

 

人が最も愛する対象がその人の「神」なのです。

私たちは生活や福祉の水準が向上するのをとても重要だと考えます。

それはキリスト信仰者も同じです。

また、明らかに無駄なことや快楽や娯楽のために

自分の時間やお金を費やしています。

それに対して、

私たちはどのくらい自分の力や資金や才能を

神様や御国に仕えるために毎週ごとに割り当てているでしょうか。

 

よい趣味のために時間を使うのは有意義なことです。

しかし、そのせいで

私たちが最も尊いお方から引き離されるようにはならないように注意しましょう。

自分たちの名が天の御国に記されていることこそが、

(キリスト信仰者である)私たちにとっての最も深い喜びであるはずです。

 

私たちは主イエス・キリストがこの世に再臨なさる時を待ち続けるべきですし、

自分たちに用意されている天の御国の相続財産を受け継げるように

心がけていくべきです。

私たちは「自分のもの」ではなく「主のもの」なのです。

まさにそれゆえに「主に喜んでいただきたい」と私たちは望むのです。

 

(祈り)

サタンや世や肉(の欲望)が罪人たちを奴隷にしようとしています。

この世のなれ合いや怒りがあなたの御許から引き離そうとそそのかしています。

主よ、助けてください。

高慢な心を退けることができるように、

どうかあなたの死の苦しみを思い起こさせてください。

アーメン。

(関連聖句)「テモテへの第二の手紙」315