2014年8月25日月曜日

「ルターの祈りの本」 本当の罪の自覚について(その1)


本当の罪の自覚について(その1)



愛する主なる神様、
私には、
自分が今までしてきた罪や、
今もまだ行っている罪を列挙することはできません。
その大部分を私は忘れてしまったし、
今行っている罪のことも気がつかないでいるからです。

私の中や、私の力の範囲内にある、
「恵みの外部にある物事」は、
その一切が罪であり、呪いの下にあります。

ですから、
自分自身や、自分の行いや力のことを考えるときに、
私はすっかり希望を失い、
あなたの憐れみを求めて、
祈りのため息をつくことしかできなくなります。

恵みと信仰が私に対して影響を及ぼしてくれる限りにおいては、
このような私でも、キリストのゆえに、
「キリスト信仰者」と呼ばれてもよい人間になっている、
とは言えましょう。
ところが、いったん恵みと信仰がなくなってしまえば、
私自身の中には真に善いものなどは何も残っていない、
という事実を私は知っていますし、それをここに告白します。

これは「毛糸玉の芯」のようなものです。
たとえどれほど長く努力を続けようとも、この状況は変わりません。
あなたの恵みにも神様としての力にも頼らずに、
私が話したり考えたり行ったり生きたりするとき、
そこには善いことは何もありません。

たとえ私にすべての修道者の聖さがあったとしても、それは変わりません。
あなたが、貧しい罪人に対して、
全く純粋な恵みから、喜んで、
私たちのすべての罪の赦しを与えてくださる、ということが、
あなたの御前で、私の慰めであり誇りなのです。