2012年4月2日月曜日

「マルティン・ルターの旅のお弁当」 ガラテアの信徒への手紙3章6節

 
アブラハムは神様を信じ、
それによって、彼は義と認められたのと同じように。
(「ガラテアの信徒への手紙」36節)
  
 
アブラハムのように
神様の御言葉を信じる者は皆、神様の御前で義です。
なぜなら、
その人には神様に栄光を帰する信仰があるからです。
信仰は、
この世のいかなるものも殺すことができなかった
「理性」という名の怪物を死に至らせます。
アブラハムは、
「年老いた不妊の妻サラを通して子孫を起こす」
という約束を彼に与えてくれた神様の御言葉への信仰によって、
理性を殺しました。
アブラハムの理性は、
すぐにはこの御言葉を素直に聴き入れようとはせずに、
心の中で信仰に対して戦いを挑んだことでしょう。
そして、
もう90歳にもなっている、しかも不妊のサラが
男の子を産むなどというのは、
笑ってしまうほど愚かで不可能なことだと思ったでしょう。
しかし、
アブラハムの信仰は理性に対して勝利を収め、
まわりに害を撒きちらすこの一番やっかいな「神様の敵」を殺しました。
それと同様に、
義なる人たちは皆、
信仰という秘められた世界へと足を踏み入れて、
理性を殺してこう言います、
「理性よ、お前は愚かだ。
神様に属する人たちのことをお前は全然理解していない。
もうこれ以上私と争うな。
黙っていろ。
批判せずに、神様の御言葉を聴き、それを信ぜよ」。
こうして義なる人たちは、
信仰によって全世界よりも強大なこの怪物を殺します。
そうして彼らは、
神様にあらゆるものなかで最も喜ばしいささげものと礼拝をささげるのです。