2021年3月5日金曜日

「力なき者に力を」「ヨハネによる福音書」11章25~26節 「復活の力」

「復活の力」

イエス様は彼女に言われました、

「私はよみがえりであり、命です。

私を信じる者は、たとえ死んでも生きることになります。

また、生きていて私を信じている者は永遠に死にません。

あなたはこれを信じますか」。

(「ヨハネによる福音書」112526節)

 

「死は勝利にのまれてしまったのです。

死よ、お前の勝利はどこにありますか。

死よ、お前の棘はどこにあるのですか」

(「コリントの信徒への第一の手紙」1555節)とあるように、

イエス様の復活の後に残された空っぽの墓は

イエス様が死に対して勝利なさったことを証しています。

にもかかわらず、死は私たちを依然として脅かし続けています。

私たちは毎年イースター(イエス様の復活を記念する聖日)をお祝いします。

それなのに、死を面と向かって見つめるときには恐れを抱かずにはおれません。

 

死者の中から復活されたイエス様は今も生きておられます。

それなのに、どうして私たちは

神様の御言葉と約束をなかなか信じ切ることができないのでしょうか。

死はキリスト信仰者にとっては流れ去る雲のようなものに過ぎません。

死が過ぎ去ると、キリストという命の光が永遠に輝くのです。

 

人間の常として私たちは死を嫌悪します。

なぜなら、死は私たちの敵であり、

罪深い存在である全人類が受けるべき当然の報いだからです。

罪人である私たちはいつか必ず死ななければなりません。

しかし、イエス様が私たちの身代わりとして

死を味わい尽くしてくださった結果、死のとげは折られ、

死に対するイエス様の勝利は確定しました。

イエス様への信仰は私たちを復活の力にあずからせます。

これは信仰が人間の本質的な限界を超えるものだからこそ可能なことです。

 

今や私たちは死から命へとすでに移っています。

死すべき自分の身体が不死の身体、

キリストの身体に似たものとしていつか復活するのを

私たちはすでに今見ています。

イエス様は私たちにとって魂や霊だけではなく身体の救い主でもあります。

御自分の身体によってイエス様は

私たちの罪を十字架へと運んでくださったのです。

イエス様は死者の中から復活し、永遠に生きておられます。

そして、私たちもまた生きることができるのです。

 

(祈り)命の主イエス・キリストよ、

あなたは私たちを死の恐怖のくびきから解放してくださいました。

どうかあなたの復活の力を私たちが日々体験できるようになさってください。

(関連聖句)「ヨハネによる福音書」11127