2020年3月4日水曜日

「力なき者に力を」「アモス書」4章12節より「備えはできていますか」

「備えはできていますか」

イスラエルよ、あなたの神様にお会いする備えをしなさい。
(「アモス書」412節より)

悔い改めるための猶予を与える時間がまだ用意されているとか、
死んでからでも悔い改めるのは遅くない
などと思い込んでいる人が大勢います。
しかし、聖書は「今日」という日が私たちにとって備えられた救いの日である
と言っています。

核戦争や疫病など諸々の脅威に晒されている現代の世界は
核兵器やその他の攻撃に対してはもはやなすすべがありません。
このような状況においては
「今の私は神様にお会いする備えができているだろうか」
と自問するべきなのです。

いつか来るかもしれない核攻撃やその他の病気や災害に備えるばかりではなく、
「今日」という日に私たちはこの質問に答える用意を整えておくべきです。
「神様の備えられた和解を受け入れなさい」と使徒パウロは奨励しています
(「コリントの信徒への第二の手紙」520節より)。

「ご覧なさい、今は備えられた(恵みの)時、今は救いの日なのですよ」
(「コリントの信徒への第二の手紙」62節より)。

失われた持ち物には後からでも再び入手できるものが多いでしょう。
失われた健康も後には恢復するかもしれません。
しかし、過ぎ去った日々は戻りません。
ある古びた日時計には「私は影に過ぎません。あなたもそれは同じです。
私は時を大切にしています。あなたもそうしていますか」と記されていました。

神様にお会いする備えをする方法は一つだけです。
それは、自分自身の義ではなくキリストへの信仰から来る義を
私が「自分のもの」として大切にしている様子を神様に観ていただくことです。
 
このように「備えをもって生きる」のは私たちの行いに基づくものではなく、
キリストが私たちのために成就してくださった救いの御業を
素直に自分自身に受け入れて身にまとう信仰に基づいています。
キリストのゆえに天の御父は
私たちを天の御国を継承する資格がある者とみなしてくださるのです。

(祈り)救いの神様、
キリストにあってあなたが備えてくださった救いを
「自分のもの」とすることができるように、
どうか私の心がいつもキリストのうちにあるように整えてください。
(関連聖句)「イザヤ書」5517