2018年5月9日水曜日

マルティン・ルター「活きるために」「詩篇」108篇2、4~5節(その4)

私の心は用意ができています、神様。
私は歌い、賛美したいのです。
(中略)
主よ、
私は民の中であなたに感謝し、
人々の中であなたを賛美します。
なぜなら、
あなたの恵みは天に及ぶほど大きく、
あなたの真理は雲にまで及ぶ(ほど大きい)からです。
(「詩篇」108245節)(その4)

もしも罪人が自分の罪を自覚していないならば、
神様はその祈りを無視されます。
なぜなら、
そのような罪人は自分で何を祈っているかわかっておらず、
真面目に祈っているわけでもないからです。


口に出す祈りだけではなく、
神様の御言葉によって魂が紡ぎだすことはすべて、
祈りであると言えます。
すなわち、
聴くこと、話すこと、夢想すること、思索することもそうです。

実に多くの「詩篇」は「祈り」として詠われているものです。
とりたてて祈りに関係がないように見える「詩篇」の数節でさえも
(祈りに関わる)何かを教えています。
すなわち、
罪を罰することについて、
また、
神様、自分、人々と共に語り合うことについてです。