2017年3月17日金曜日

マルティン・ルター「活きるために」「箴言」15章13~15節(その2)

喜ぶ心は顔を明るくします。
しかし、心に憂いがあると、
霊は打ちのめされます。
聡明な者の心は知識を求めますが、
愚か者の口は愚昧なことを糧とします。
惨めな者にとっては毎日が辛い日々ですが、
愉快な心はあたかも永遠に続く祝宴のようです。
(「箴言」151315節)(その2)
 
キリスト信仰者ならではの知恵と教えは、
「自分の身には何も悪いことが起こりようがない」
という確固とした勇気をもたせてくれます。(中略)
なぜなら、キリスト信仰者には御言葉があるからです。
それに加えて、
彼らは心からの罪の告白をした時に牧師を通して
神様から罪の赦しを宣言していただけるからです。
また、
彼らには洗礼があり、罪の赦しがあり、永遠の命の約束があるからです。

キリスト信仰者が信仰と愛の中に留まるためには、
遭遇する様々な試練に対峙するために、
恐れを知らない大いなる勇気が(前提条件として)要求されます。
「力強い愛」という名称ほど
このような勇気にふさわしい呼び名が他にありうるでしょうか。
愛は他のあらゆることに対して優位に立つからです。


心からおびえや苦痛を追い払い、
ついには死さえもいとわず、
それどころか、
死を「心から歓迎されるべき客」として受け入れるような勇気が、
私は自分に欲しいです。