「まず一番大切なものを」
まず神様の御国と神様の義とを求めなさい。
(「マタイによる福音書」6章33節)
私たち人間には実に変なところがあります。
イエス様が「まず神様の御国を求めなさい」と言われるときに、
まず私たちはこの世的なものを探し、儚いものに喜びを求めるのです。
神様に受け入れていただける義は、
キリストが私たちの救いのために成就した十字架の御業の中にしかありません。
キリストを通して私たちは神様との平和をいただいています。
この聖霊様の御国はイエス様のうちにあります。
イエス様は福音と聖礼典(洗礼と聖餐)のうちから見いだされます。
それゆえ、神様の御言葉を聴くのはなによりも大切なことなのです。
御言葉が純粋に宣べ伝えられる礼拝に私たちが参加することを妨げようとする
いかなる口実もあってはなりません。
私たちには御言葉なしで過ごす余裕など一日たりともないからです。
私たちの罪の赦しのためにイエス様がその身体と血の聖礼典を与えてくださる
新しい契約の食事(聖餐式)に参加しないことがどうしてありえましょうか。
また、洗礼を通して神様が私たちを御自分の子どもとして生んでくださった
という恵みの契約に日々立ち返っていくことも大切なことです。
神様の御言葉が用いられているとき、
主の御業が私たちにとっていっそう大切なものになります。
そして、私たちは神様の御国の拡大のために
自分の時間や才能や資力を喜んで活用するようになります。
このようにして、
一番大切なことがそれにふさわしく一番はじめにくることになるのです。
(祈り)あなたの愛をどうか私たちにも大きくしてください。
それによって、私たちが自分のために生きることを
やめることができるようになるためです。
神様、私たちのうちにも
自らを御国のために捧げる私欲のない心を形作ってください。
そして、私たちがいつもしっかりと目を覚まして
祈れるようになさってください。
アーメン。
(関連聖句)「マタイによる福音書」13章44〜46節