2020年11月20日金曜日

「力なき者に力を」「詩篇」2篇8節「イエス様の祈り」

 「イエス様の祈り」

私に願い求めなさい。

私は異邦の民をあなたの嗣業として、
地の果てをあなたの所有として与えます。

(「詩篇」28節)

 

その通りにイエス様は願い求めました。

御父様からの苦い盃を飲み干すとき、

イエス様は御自分を十字架につけた人々のことを

御自分にとって大切な人々とみなして祈ってくださいました。


「御父様、どうか彼らを赦してください。

彼らは自分が何をしているのか、わからずにいるのです」

(「ルカによる福音書」2334節)。

 

イエス様のあがないのみわざによって、

義なる神様と罪深き人間存在との間に「真の和解」がもたらされないかぎり、

罪の赦しは決して実現しません。

イエス様は(人という)「奴隷の姿」になられただけではなく、

「罪の奴隷」たる全人類の罪過を全て肩代わりし、

死の苦しみを受けてくださったのです。

 

イエス様はあたかも次のように言われたいかのようです。

「御父様、私の受けた辛い苦しみと私の血のゆえに、

どうか彼らの罪を赦してください。

彼らを「私のもの」としてください。

御父様、あなたが約束なさったように、

異邦の民を私の嗣業として、地の果てを私の所有として与えてください。」

 

天の御父様はこの祈りを聴いてくださいました。

御父様は私たちの罪を、私の罪を赦してくださいました。

私の罪がイエス様を十字架につけたのです。

私のためにイエス様は苦しみを受けられたのです。

 

死の恐怖さえもイエス様の愛を吹き消すことができませんでした。

この上なく高価な代償を払うことによって、イエス様は

人間ひとりひとりを「御自分の所有」とする権利を得てくださったのです。

十字架に高くあげられたイエス様は

御父がすべての人を御許へ引き寄せてくださるようにと祈ります。

イエス様は「皆のもの」ですし、

すべての国民は「イエス様の嗣業」なのです。


(祈り)天の御父様、

裁きを受けるのが当然な罪人として、私たちはあなたの御前に立っています。

私たちを裁きから守ってくれるのは、

あなたの愛する御子の祈りとあがないの血をおいて他にはありません。

御父様、どうかイエス様の祈りを聴いて、私たちの罪を赦してください。

アーメン。

(関連聖句)「ヨハネの第一の手紙」13節~22