「試練を受けている人々の助け手」
主御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、
試練の只中にある人々を助けることができるのです。
(「ヘブライの信徒への手紙」2章18節)
悪魔の絶え間ない誘惑は私たちにとって最も困難な試練です。
はじめのうちこそ私たちは決然と抵抗しますが、
それでも敵が誘惑を続行するので、
私たちはしまいには疲れ果てて、誘惑に巻き込まれていきます。
「はじめうまく行かないなら、再び試みよ」というのが悪魔の活動方針です。
自分が不正直に生きたり悪を行うようになったりすることを
私たちは望まないでしょう。
もうぐらつかないでよいことや正しいことを行おう、
と私たちは何度も繰り返し決心してきました。
それでもやはり敵は私たちを疲れさせます。
そしてついには力とやる気が私たちから消え失せてしまいます。
私たちの間違いは己の力に頼ってサタンと戦おうとするところにあります。
しかし、サタンは私たちよりも強いのです。
悪魔の支配をすでに滅ぼしてくださったイエス様の助けによってのみ、
私たちは敵に勝つことができます。
イエス様は幼年期、青年期、また成人後のあらゆる試練を経験なさいました。
そして、そのすべてに苦しんだ上で勝利なさいました。
イエス様は同情を寄せるだけではなく、実際にも助けてくださいます。
耐え切れないような試練を私たちが受けることをイエス様は容認なさいません。
しかし、私たちが試練に遭うのを容認なさる場合には、
イエス様は本当に助けてくださるのです。
イエス様は私たちの助けを求める微かな叫び声も聴き取ってくださいます。
御言葉と聖礼典(洗礼と聖餐)を通して、イエス様は助けてくださいます。
そこから私たちは新たな力をいただくのです。
勝利の行進の中をイエス様は私たちを運んで行かれます。
(祈り)イエス様、私がしばしばつまずいてきたことをどうかお赦しください。
私を立ち上がらせてください。
そうすれば、私は立ち上がることができます。
私が倒れないように私を引き寄せ、手をつないで連れて行ってください。
アーメン。
(関連聖句)「ヘブライの信徒への手紙」4章12~16節