2019年4月3日水曜日

「力なき者に力を」「コリントの信徒への第二の手紙」12章9節より「病床で」

「病床で」

私の恵みはあなたに対して十分です。
私の力は弱いところに完全にあらわれます。
(「コリントの信徒への第二の手紙」129節より)

病院での経験はキリスト信仰者にとって大切なことです。

病院には迷惑な客も訪れます。
告発の専門家である「魂の敵」(サタン、悪魔)が病院に来て、
私たちが神様の愛について疑いを抱くように仕向けようとします。
子どもの頃から今に至るまで、
私たちが行ってきた数々の罪がいかにひどいものだったか、
魂の敵は私たちの面前でいちいちあげつらいます。
魂の敵は私たちの上にこれから起こることを、
いかにも恐ろしげに描いて見せます。

悩み苦しんでいる時に、私たちは
「神様が私を愛してくださっていると、どうして私はわかるのだろう」
という疑念にとらわれます。
私たちの心がそのような状態にある時に、
「もちろん神様は今でも私を愛してくださっている」
と自分に言い聞かせるのは難しいでしょう。
弱りきっている時には、
実際に恢復する以外には
神様が私を愛している証は存在しないように思えてしまいます。

パウロが苦悩の只中で祈ったとき、神様は
「私の恵みはあなたに対して十分です。
私の力は弱いところに完全にあらわれます」
とお答えになりました。

病の床は怒れる神様と出会う場所ではありません。
それとは逆に
「神様の御子イエス・キリストの血が私たちをあらゆる罪から清めてくださる」
(「ヨハネの第一の手紙」17節より)
と喜びをもって告白できる場所なのです。

神様はあたかも次のように言われているかのようです。
「愛する子よ、
(健康など)この世で支えとするものがすべてなくなっても、
あわててはいけません。
こうしたことを通して、
恵みにすっかり委ねて全くの憐れみにより活きることがどういうことであるか、
あなたはわかるようになるのですから」。

(祈り)主よ、
私の人生のすべての局面は
あなたの愛が形を整えてくださったものであることを
私が心に留めることができるように、
どうか助けてください。アーメン。

(関連聖句)「詩篇」30