「快楽の危険」
神様を愛する以上に快楽を愛する者。
(「テモテへの第二の手紙」3章4節)
快楽の虜になるのは身を滅ぼしつつある証拠です。
私たちの時代でもこのことを認識する必要があります。
人々は「快楽の女神」を崇拝し、危険な生きかたに迷い込んでいます。
自分の好きなことをいつもやろうとする者は、
まもなくそれにも飽きて退屈してしまいます。
人生は内側から空っぽになり、生きる意義が失われます。
人が最も愛する対象がその人の「神」なのです。
私たちは生活や福祉の水準が向上するのをとても重要だと考えます。
それはキリスト信仰者も同じです。
また、明らかに無駄なことや快楽や娯楽のために
自分の時間やお金を費やしています。
それに対して、
私たちはどのくらい自分の力や資金や才能を
神様や御国に仕えるために毎週ごとに割り当てているでしょうか。
よい趣味のために時間を使うのは有意義なことです。
しかし、そのせいで
私たちが最も尊いお方から引き離されるようにはならないように注意しましょう。
自分たちの名が天の御国に記されていることこそが、
(キリスト信仰者である)私たちにとっての最も深い喜びであるはずです。
私たちは主イエス・キリストがこの世に再臨なさる時を待ち続けるべきですし、
自分たちに用意されている天の御国の相続財産を受け継げるように
心がけていくべきです。
私たちは「自分のもの」ではなく「主のもの」なのです。
まさにそれゆえに「主に喜んでいただきたい」と私たちは望むのです。
(祈り)
サタンや世や肉(の欲望)が罪人たちを奴隷にしようとしています。
この世のなれ合いや怒りがあなたの御許から引き離そうとそそのかしています。
主よ、助けてください。
高慢な心を退けることができるように、
どうかあなたの死の苦しみを思い起こさせてください。
アーメン。
(関連聖句)「テモテへの第二の手紙」3章1〜5節