2024年5月31日金曜日

「力なき者に力を」「コリントの信徒への第二の手紙」13章5節「自分を吟味しなさい」

 「自分を吟味しなさい」

あなたがたは自分が信仰のうちにいるかどうか

自分を試験して、自分を吟味しなさい。

それとも、

イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを

自分でわからないのですか。

もしそれがわからないのなら、

あなたがたは試練に耐えることができません。

(「コリントの信徒への第二の手紙」135節)

 

古代ギリシアのデルフォイの神殿には

「汝自身を知れ」という言葉が掲げられていました。

自分自身のことを知る大切さはすでにはるか昔から認識されていたのです。

とはいえ、自分のことを自分で公平に評価するのは難しいものです。

他の人の中に欠点を見つけるのは自分の中に見つけるよりも容易なことです。

 

しかし自己を吟味するのは非常に重要です。

神様の御言葉の光によって、私たちの心と生活が吟味されるべきなのです。

御言葉の光によって、隠されたことがらが明るみになるようにすべきなのです。

神様の御言葉の光の下で自己を吟味するのは、

たとえそれが痛みを伴うことであっても、必要不可欠です。

私たちの内にある最も深く暗く隠されていることがらをも

神様は知っておられます。

偽りや自己正当化は光にさらされることになるのです。

 

自己吟味の結果、自分に失望することになるでしょう。


「私の内に、すなわち私の肉の内には

善なるものが宿っていないことを私は知っています」

(「ローマの信徒への手紙」718節より)。


あらゆる罪から清められて罪の赦しの御言葉を信じるようにと

私たちはキリストの守りの中へと導かれます。

間違った信頼は私たちから取り去られます。

神様との関係のありかたが明確になり、

キリストが信仰を通して私たちの心の内に住まわれるようになって、

ようやく私たちは試練に耐えることができるようになるのです。

 

(祈り)

神様、

私のことを吟味してください。

私の心を知ってください。

私を試験し、私の思いを知ってください。

あなたの恵みは私の目の前にあるからです。

アーメン。

(関連聖句)「コロサイの信徒への手紙」12129

2024年5月3日金曜日

「力なき者に力を」「ヨハネによる福音書」8章7節「最初の石を投げるのは誰か?」

「最初の石を投げるのは誰か?」

あなたがたの中で罪のない者が、まず彼女に石を投げつけなさい。

(「ヨハネによる福音書」87節)

 

イエス様が罪を軽々しく扱ったことは一度もありません。

罪は律法を破ることであり、神様の御心に反抗することです。

些細にみえる罪も神様に対する違法行為です。

 

私たちは他の人たちの中にある罪のことは責め立てるくせに、

自分自身の中にある罪についてはそうしません。

他の人の罪を批判することによって、

神様と人々との前で自分のすばらしさを強調する場合さえあります。

 

私たちは罪を憎むべきです。

しかし、石を投げてはいけません。

そのようなことをするには、私たちはあまりにも罪深いからです。

神様の恵みの助けによって、まず自分の目の中から材木を取り除きましょう。

その後でようやく、兄弟姉妹の目の中から塵を取り除けるようになるからです

(「マタイによる福音書」75節)。

私たちは、イエス様の助けによって自分の罪から清められる時に、

隣り人たちが罪によって支配されたり罪のせいで裁かれたりすることから

救い出されるように愛をもって助けることの大切さを学びます。

 

イエス様はこう言われます、

「人を裁いてはいけません。

そうすれば、あなたがたも裁かれることがないでしょう。

また人を罪に定めてはいけません。

そうすれば、自分も罪に定められることがないでしょう。

赦してあげなさい。

そうすれば、あなたがたも赦されることになります」

(「ルカによる福音書」637節)。

 

(祈り)主イエス様、

罪が本当に重大事であると私たちがはっきりわかるように、

どうか教えてください。

私たちが自らの罪を悔い、信仰を通して、

あなたの尊い血における罪の赦しを自分のものとしていただけるように、

どうか助けてください。

あなたから憐れみをいただいた者として、

私たちもまた憐れみのわざを行っていけるように、

どうか助けてください。

私たちが、罪につまずいた人々を穏やかな態度で正す方法を、

そして自分が誘惑に巻き込まれないように警戒することを、

どうか教えてください。

アーメン。

(関連聖句)「ヨハネによる福音書」8111